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鹿児島地方裁判所 昭和44年(行ウ)5号 判決

原告 椎原武法

被告 鹿児島刑務所長

訴訟代理人 上野国夫 外七名

主文

一、被告が原告に対して(イ)昭和四四年四月二五日なした交談禁止処分の取消の訴、および(ロ)昭和四四年一月一八日なした雑記帳、新聞紙等の没収処分の無効確認を求める訴をそれぞれ却下する。

一、原告のその余の請求は、これを棄却する。

一、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(一)  原告

(1)  被告が原告に対して(イ)昭和四四年六月二八日になした原告の訴訟関係人との面接不許可処分、(ロ)昭和四四年五月一〇日、及び同年六月一四日になした各図書購入、閲読不許可処分および(ハ)昭和四四年四月二五日になした原告とその実父との交談禁止処分はそれぞれこれを取消す。

(2)  被告が原告に対して昭和四四年一月一八日になした原告の雑記帳、新聞紙等没収の処分は無効であることを確認する。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  被告

(本案前)

主文第一項および第三項同旨の判決。

(本案につき)

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

(1)  昭和四四年六月二八日の処分について

(イ)  原告は受刑者として鹿児島刑務所に服役中の者であるが、さきに被告の処遇を不服とし、被告を相手として行政訴訟を提起し右訴訟は現在鹿児島地方裁判所昭和四四年(行ウ)第二号、同第四号事件として同庁に係属中である。

(ロ)  しかるに原告は被告より同年一月末頃、独居拘禁処分にされたため、他の収容者と接近することさえ一切禁じられており、右各事件に対する主張及び立証を尽すための事実関係等の調査を行うことが全くできない。

(ハ)  そこで原告は被告に対し昭和四四年六月二日、右各事件の主張及び立証の準備を尽すため、原告が事実関係を調査するため面接を求めようとするときは、相手が収容者であるなしに拘らずこれを許可するように申請した。従つて、被告は原告の右申請を当然許可すべきであるにもかかわらず、同月二八日原告の右申請を不許可にする処分をした、しかし被告のこの処分は明らかに原告の権利を侵害し違法であり取消さるべきである。

(2)  昭和四四年五月一〇日及び同年六月一四日の処分について

原告は前記右各訴訟事件について、監獄法規を調査する必要があつたので、昭和四四年四月二六日被告に対し監獄法規集(有斐閣版の監獄法)について同年六月一〇日法律辞書(広辞林)について、それぞれ購入閲読許可申請をした。しかるに被告は、右監獄法規集については同年五月一〇日、右法律辞書については同年大月一四日、それぞれ不許可にした。もつとも被告はその後六月二五日になつて、ようやく刑務所備付法規中監獄法の罰則のみを閲寛させたがしかし、たとえ懲罰事犯に対する訴訟中であるとはいえ、それのみでは足りないのであつて、被告の右処分は原告の訴訟準備の機会を失わせた違法なもので、当然取消さるべきである。

(3)  昭和四四年四月二五日の処分について

(イ)  原告は前記のとおり被告との間に訴訟中のため、費用が不足し、実父に援助して貰おうと思慮していた処、昭和四四年四月二五日たまたま実父が原告に面会にやつてきた。そこで原告は実父に右費用の不足分を援助して貰うため右訴訟の内容をあらかじめ説明するとともに訴訟が裁判所に受理されていることを証明すべく、右訴訟の関係書類を接見所に持参しようとしたところ、被告側職員山崎看守は「書類は面会場に持つて行くことは出来ないぞ。」と言つてそれを制止した。

(ロ)  しかし原告は同看守の措置が不服だつたので被告側職員桜田副看守長に、その旨告げたので、同副看守長は石丸看守長の処へ右書類を持つて行き、その許可を受けてきた旨、原告に通知した。それにもかかわらず面会立会人である被告側職員下忠看守部長に対し、「訴訟の題名は教えてよいが、訴訟の内容については話させてはいけない。」旨の達示がなされた。

(ハ)  そこで、原告は右日時実父との面会に於いて右訴訟の内容を説明しようとした処、右下忠看守部長より「事件の内容は話してはいけないといわれただろうが、話すな。」と喝破され、その交談を禁止された。

しかし被告のかかる行為は憲法第二一条で保障されている表現の自由を侵すものであるから、違法で取消さるべきである。

(4)  昭和四四年一月一八日の処分について

(イ)  原告は前記被告との間の昭和四四年(行ウ)第二号事件の審理の対象となつている不法物品作成並びに職員暴言に関する事犯について昭和四四年一月一八日独居拘禁処分を受けて取調べられた。ところで、規律違反として取調べられる場合、日用品以外の物は全部独居舎の倉庫に預けることになつていたので、原告もその通りにした。

(ロ)  すると、被告は職員山崎看守をして同日原告の預けた物のうち、原告がそれまで許可を受けて所有していた雑記帳二冊、新聞紙二部、法律の条文の下書きや用件を覚え書きしていた私物のわら半紙三枚半、並びに字の練習などのために被告より支給されている用紙(塵紙)約二〇枚を取上げさせて没収した。しかし被告の原告に対する右処分は憲法で保障されている学問の自由ないし表現の自由の侵害であり違法で、当然無効というべきである。

(5)  よつて原告は被告に対し、右(1) 、(2) 、(3) の被告の処分についてはその取消しを(4) の処分についてはその無効確認を求める。

第三、被告の主張

(1)  本案前の抗弁

(イ)  昭和四四年四月二五日の処分の取消の訴について

処分取消しの訴えは、取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者でないと提起できないのであるが、原告主張の面会人との「交談禁止処分」は、その内容に継続的な性質をもたない事実上の行為にすぎない。それで「交談禁止」という即時的な行為が終れば公権力の行使も終了するから在監者は過去の「交談禁止」行為の排除を目的としてその取消自体を求める訴訟を提起する利益はなく、従つてこの点につき原告は原告適格を欠くいうべきである。

(ロ)  昭和四四年一月一八日の処分の無効確認を求める訴について原告の主張する右処分は既に執行が終了しており且つこれに続く処分により原告に損害を与えるおそれのないことはその主張自体によつて明らかであるから原告は過去の本件処分について、その無効確認を求めるにつき何ら法律上の利益を有するものではない。従つて原告は本件無効確認の訴について原告適格を有しない。

(2)  請求原因に対する認否、並びに被告の主張

(イ)  認否

原告の請求原因(1) (イ)、同(ハ)の事実は認める、同(ロ)の事実中原告が独居拘禁処分されたことは認める。その余の事実は否認する。同(2) の事実は認める。同(3) (ロ)(ハ)の事実は認める、同(イ)の事実中原被告間の訴訟の点、原告の実父が面会に来たこと、山崎看守が原告主張のような措置をとつたことは認める。その余の事実は否認する。同(4) (イ)の事実は認める、同(4) (ロ)の事実は否認する。

(ロ)  被告の主張

(a) 訴訟行為の申請に対する不許可処分について

刑務所はその設置目的からして、受刑者の逃走の防止刑務所の紀律の維持を図らねばならない。原告が主張する如く収容者または一般人に刑務所職員の無立会で交談を許すならどのような密議が行なわれ、これが逃亡等不測の事態に発展するおそれがある。このような点を考慮して、原告の申請は、「特に必要ありと認むる場合」(監獄法第四五条二項)当らないとしてこれを不許可にした。

(b) 図書購入、閲読の申出に対する不許可処分について

原告から監獄法の解説書と辞書を購入したい旨の申出があつたが、鹿児島刑務所においては受刑者には一、〇〇〇円以上の価格の書籍は原則として購入させない方針であり、特に処遇上必要ある場合にのみ許可している取扱いである。かような取扱方針は、収容者の一般教養の程度と釈放後の生計を考慮し浪費を避けさせるという矯化目的によるものである。訴訟事件と関係上、監獄法の解説書を閲読させる必要性は認めたが、価格が一、〇〇〇円を超したものであるため、刑務所側で購入して閲読させることとし、辞書については刑務所備付のものを利用させれば足りるので、原告の右申請を不許可にした。

(c) 面会人との交談禁止処分について

元来在監者に接見する場合には監獄法施行規則一二五条により許可を得た面談の要旨以外にわたつてはならないが、行刑上支障がない内容のものである場合は右以外の事項について話すことも黙認するという弾力的な取扱いをとつている。原告は本件接見中、面会者(原告の父)に対して被告との訴訟事項の内容に触れ被告の管理権に不服従の意思を表現した。このような発言は社会に誤解を招き、刑務所の運営上支障があると判断したので、これを禁止した。

(d) 雑記帳、及び新聞紙等の没収処分について

被告職員山崎看守は原告が所持していた本件物品は刑務所側で定めている使用基準に反する疑があつたので監督者の判断を求めるために一旦引き上げたものであるが、雑記帳及び新聞紙は昭和四四年二月一日原告に再交付し、わら半紙及び塵紙約二〇枚は使用規準に違反して他人の住所氏名や所内生活を誹謗歪曲した記載があつたので原告をして被告職員の面前でストーブに投入れ焼却させた。被告のとつた右処置は刑務所の規律維持のため、裁量に基づき執つたものであり、何ら原告の主張するような憲法違反の事実はない。

以上の次第で原告の請求は理由がない。

理由

(1)  原告主張の昭和四四年六月二八日の処分について

原告の請求原因(1) (イ)(ハ)の事実、同(1) (ロ)の事実中原告が独居拘禁処分されている事実は当事者間に争いがない。

ところで、監獄は行刑目的のために国の設けた営造物で、その運営を司る刑務所長と服役者との間には、公法上の特別権力関係が成立し、服役者は刑務所長の包括的な支配に服して拘禁せられ、定役に服しなければならないし、刑務所長はその間服役者の在監目的達成のために、法規の範囲内で当然強制力を用い、専門的技術的にその改善矯化に努めなければならない。従つて、刑務所長の服役者に対する管理運営には、具体的事例に応じた相当応い範囲の裁量権が存するものと解するのが相当である。

しかるに、本件において、右事実によれば、原告は収容者であること明白であるから、服役者としての紀律に服すべきことはいうまでもない。従つて訴訟の準備とはいいながらその服役者であると否とにかかわらず、直ちに関係人に対する面接をなしうるものとはなし難く、他に特段の事情がない限りその許否は刑務所長の裁量の範囲内に属するものというべきである。そうして、この点に関する原告のその他の主張事実をもつても、前記面接不許可の処分が、収容者の逃亡などについての通謀の防止、その他受刑者の収容拘禁戒護等についての秩序維持上における裁量権の範囲を逸脱したものとはとうてい云えないのであつて、原告の右申請を不許可にした被告の処分を違法となすことはできない。請求は理由がない。

(2)  原告主張の昭和四四年五月一〇日及び同年六月一四日の処分について

原告の請求原因(2) の事実は当事者間に争いがない。

しかし本件において原告が被告との間の訴訟の追行上監獄法規を検討する必要性は充分理解し得るものであるがもともと訴訟代理人を依頼することは自由であるうえ本件に於いては被告が原告のその検討の機会を全く制限した訳ではなかつたこと、その不許可の趣旨も実は原告が自己の出費に於いてその主張の図書を購入するのを制限したに留まることは、その主張事実によつてもこれを窺うに足る。そうすると、これらの被告の処分もまた被告の自由裁量行為の範囲に属するというべきで、前に述べたと同じ理由で、被告の本件処分は違法とはいえない。請求は理由がない。

(3)  原告主張の昭和四四年四月二五日の処分について

原告の請求原因(3) (ロ)(ハ)、同(3) (イ)の事実中原告が被告と行政訴訟中で、その実父が面会に訪れてきた事実、被告側職員山崎看守のとつた措置に関する事実は当事者間に争いがない。そうして、右事実によれば被告の原告に対する本件処分は原告がその実父と面会し交談するのを全く禁止したというものではなく、原告とその実父が面会し交談中、交談の内容につきその一部を制限したにすぎないことが明らかである。

しかし、もともとこのような処分は、公権力の行使により原告に一定の義務を課するものではあるけれども、その義務は面会の終了により当然に消滅している。そうすると、この点に関し原告はもはや被告の処分それ自体の取消を求める利益を失つたものというべきである。従つて、過去の処分につきその取消しを求めている原告の訴は法律上特段の利益を有しない限り、原告適格を欠くものというべきところこの点に関する何らの主張、立証がないから結局本件処分に関する原告の訴は不適法として却下を免かれない。

(4)  原告主張の昭和四四年一月一八日の処分について

原告の請求原因(4) (イ)の事実は当事者間に争いがない。

ところで原告は昭和四四年一月一八日被告よりその許可を受けて使用していた原告所有の雑記帳及び新聞紙等を没収された旨主張しているけれども、たとえ被告の原告に対する右処分が無効だとしても、原告は被告に対し現在の法律関係に関する訴えとして右没収された物品の返還請求をなしうる筈である。従つて、この点に関する原告訴は行政事件訴訟法第三六条後段の規定に照し、原告適格を欠き不適法というべきである。

(5)  以上のとおりであるから、原告が昭和四四年四月二五日に被告のなした原告の実父との交談禁止処分につき取消を求める訴、並びに同年一月一八日に被告のなした原告の雑記帳、新聞紙等の没収処分につき無効確認を求める訴はそれぞれ不適法であるから却下し、原告その余の請求はいずれも理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 吉野衛 松尾家臣)

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